捨てられた七匹の子猫たちは、空飛ぶネコ一族となって、彼らを捨てた少年に再会し、その本当の心を知ります。
(「ブログ絵本: 空飛ぶネコ一族の言い伝え」の2009年11月3日、本当のこと に出ています。日付をクリックすると別窓で開きます。)
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ここにあるのは、人と動物のかかわり… 心の交流、
絵本は、擬人化されたどうぶつと 人間たちが織りなす 心の交流劇かも知れませんね。
そういう視点から見て、心に残っているのは、
宮沢賢治の童話「セロひきのゴーシュ」を絵本化したものです。(茂田井 武・画、福音館、1966年4月初版)
(おはなしの あらすじ)
ゴーシュはセロ(チェロ)があまりうまく弾けない楽団員でしたが、家に帰って練習しようとすると、始めは三毛猫が訪ねて来てセロを弾いてくれと言い、それから鳥のかっこうがやってきて、そんな弾き方じゃまだだめと なんども 弾かせようとします。
とうとう かんしゃくを 起こしたゴーシュは かっこうを どなって 追い出してしまいます。
でも、その次の夜にはまた、別の動物、たぬきや野鼠やなんかが訪ねて来て、ゴーシュにセロを弾いてくれと言います。それと言うのも 野ねずみの子供の病気が そのセロの音で治るからというのです。ゴーシュはもう、なかばおこったようにがあがあセロを弾きます。
それから あとのことですが、演奏会で、ゴーシュがセロを弾くと、生まれ変わったように
うまくなっていて、拍手喝采をあびるのでした。
ゴーシュは、そのときになって、前にずいぶんと腹を立てて追い出したカッコウのことを
思い出します。そして、
「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれはおこったんじゃなかったんだ。」といいました。 (上記の絵本版から引用した 結末の文です。)
この絵本に関しては、わたしは若い頃は、あまり感心しなかったのですが、
年を経て、
いろいろ人間関係で失敗したり、後悔したりを重ねているうちに、
だんだん、この最後のセリフが身にしみるようになりました。
小学校初級以上となっているこの絵本ですが、
たしかに、小学校から老年まで、だんだん味が分かってくるような、そんな種類の絵本かもしれません…
それに、童話でもありますが、この絵本の場合、この絵がまた、心にしみますね。
大事にしている一冊です。
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